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CC・サバシア リンク集

CC・サバシア(CC Sabathia, 1980年7 月21日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ヴァレーホ出身の野球選手。フルネームはカーステン・チャールズ・サバシア(Carsten Charles Sabathia)。投手、左投左打。MLBニューヨーク・ヤンキースに所属している。 身長6' 7"(約200.7cm)・体重290 lb(約131.5kg)の巨体から、速球とスライダーやチェンジアップなどの変化球を繰り出す、MLBを代表する先発投手のひとり。 かつては登録名をC.C.サバシア(C.C. Sabathia)としていたが、2008年シーズン途中の移籍を機にピリオドをなくしたものに変更している[2]。

カリフォルニア州ヴァレーホで誕生し、4歳のころに野球を始める。8歳を過ぎるころには相手チームから年齢を疑われるようになったため、母が試合の度に出生証明書のコピーを携帯していた[3]。この母は元ソフトボールの捕手で、サバシアのピッチングを自らボールを受けて指導した[4]。相手打者に打たれると動揺して泣き出してしまう子供のころのサバシアに対し、母は精神的に強くなるよう教育したという[5]。 1992年に両親が離婚し、父が家を出ていったため、サバシアは深く傷付いた[5]。 ヴァレーホ高校に進学後は野球に加え、アメリカンフットボールとバスケットボールもプレイ。野球では早くからスカウトの間で「まるで大人のような子供が、時速90マイルの速球を投げている」と噂になっていた[3]。最上級生のときには、投手として46.2投球回で6勝0敗・82奪三振・防御率0.77を記録したうえ、打撃ではチーム一の強打者だったので、登板のない日には一塁手や左翼手としても出場していた[6]。アメリカンフットボールではタイトエンドとしてオール・カンファレンスに選出され[7]、バスケットボールでは州を代表するパワーフォワードとして高い評価を受けていた[3]。 ハワイ大学がアメリカンフットボール奨学生のオファーをサバシアに出し、これに対してサバシアは野球も両立できるようにする条項を契約書に加えたうえでサインしたが、1998年のMLBドラフト1巡目(全体20位)でクリーブランド・インディアンスから指名されると、サバシアは進学を撤回してプロ野球選手の道を選んだ[3]。

主な持ち球は、91-95mph(約146.4-152.9km/h)の速球、 82-85mph(約131.9-136.8km/h)のスライダー、80-83mph(約128.7-133.5km/h)のチェンジアップの3つ[29]。相手打者としてサバシアの球を見たマイク・ローウェルは、速球を「30フィート(約9メートル)ぐらい離れたところから[30]球を投げ込んでくるように見える」、変化球を「鋭いスライダーと効果的なチェンジアップ」と表現している[31]。基本的にはこれらの球種を駆使して三振を多く奪うタイプである。2005年から2007年まで奪三振数・奪三振率ともにアメリカンリーグの上位10人以内に入っている。2008年はリーグをまたいでの移籍をしたため両リーグそれぞれのランキングには入っていないが、その合計ではMLB全体で奪三振数が2 位、奪三振率が5位だった。デレク・ジーターは、右打者の内角に速球を思い切って投げ込むサバシアを「小細工をせずに勝負を挑んでくる。現役最高のパワーピッチャーの一人」と評した[12]。 しかし投球が力任せになることはなく、コントロールも年々向上している。与四球率は1年目に4.74を記録していたのが、2007年1.38・ 2008年2.09と半分以下の数値になってきている。制球力の向上は打たせて取る投球術の習得にもつながり、サバシアがスタミナを温存することができる一因となっている[32]。その結果2008年には、ナショナルリーグでは3か月弱しか投げていないにもかかわらず、同リーグ最多の7完投・3完封を記録した。また、2007年以降 3年連続でレギュラーシーズンの投球回が230以上、ポストシーズンも含めると250以上になっている。 守備はあまり得意ではなく、バントに対するフィールディングなどは苦手である[29]。また、クイックモーションでの牽制ができず、左腕であるにもかかわらず走者が出るとよく盗塁を許す[33]。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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